第29回 写真『ひとつぼ展』審査会レポート
https://scrapbox.io/files/643f5b7e87329f001ccdcc92.png黒いアクリルの棚の中にはポストカードサイズの写真が入っている。
第29回写真『ひとつぼ展』
公開二次審査会 REPORT
「驚きの展示」と「新しい視点の作品」が
大接戦となった最終決戦で逆転勝利
■日時 2007年9月4日(木)18:15〜20:45
■会場 リクルートGINZA7ビル セミナールーム
■審査員
大迫修三(クリエイションギャラリーG8)
〈50音順・敬称略〉
■出品者
〈50音順・敬称略〉
■会期 2007年8月20日(月)〜9月6日(木)
最終審査に残ったのは男性9人、女性1人
立ち見が出るほどの一般見学席は、ムシムシとする外の暑さよりもさらに熱気を増して超満員に膨れ上がっている。第29回写真『ひとつぼ展』の公開二次審査会場。グランプリ決定の瞬間を見届けようと集まった見学者の熱い視線を浴びて、いよいよ出品者10人が会場へと入ってきた。続いて審査員の飯沢さん、楢橋さん、町口さん、大迫さんが入場し、最後にホンマさんが席に着く。1年後にガーディアン・ガーデンで個展を開催する権利が与えられるグランプリ獲得をかけて、出品者が自分の作品を自分の声で説明して審査会がスタートした。プレゼンテーションの概略は以下の通り。
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櫻井
小学校のころ、生物図鑑をよく見ていた。海中生物の奇妙なカタチが今でも僕の脳裏には鮮明に残っている。仕事柄パソコンの内部をよく見るが、そこには日常からかけ離れた硬質なパーツが並び、あの太古の海の景色に見えた。僕はすぐにカメラを取り出し、夢中で写真を撮った。
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芦田
タイムスプレッドは、デジカメの動画モードで撮影した映像を静止画に分解し、平面上に展開させた作品。風呂敷を広げるように、過ぎ去っていく時間を平面で表現したらどう見えるのか、興味があった。「決定的瞬間」を中心から外にリズミカルなパターンとして、時間が広がるように展示した。
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原田
私がこれまでに最も影響を受けた人物、坂本竜馬の墓を訪ねて撮った写真。新幹線や、墓参りなど、前もって撮影するポイントは決めていたが、これらは竜馬の命日である11月15日のドキュメンタリーだと思っている。グランプリを獲ったら日比谷公園をドキュメントしたい。
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徳永
旅行をすると必ず墓地に行く。墓地にいると何だかワクワクする。6年ほど前から墓地の写真を撮っている。墓地は死者を弔うものであり、死者を浄める場所でもある。「死の空間」を意識することが、これらの写真の出発点になった。死者の世界と日常の間の隔たりと繋がりを表現していきたい。
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長浜
英国に留学してから自分へのお土産として日本の風景を撮り始めたが、それを自分の英国の部屋で再現して、戯れながら撮って本にしている。今回の展示は編集的な遊びがテーマ。真中に山があり、銀座から自分の部屋を繋げてみた。視線や身体を動かして見てもらいたい。
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和田
無意識のうちに何万回とシャッターを押して撮った。それらの写真から思うこと。ストロボとデジカメと水は抜群に相性がいい。僕の写真はコミュニケーションを拒否しているのではない。本当か嘘かわからない次元で東京の姿を切り取っている。展示したポストカードサイズの写真は379枚、自由に持っていってもらった。
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滝沢
兄が家族の写真を焼いてしまい、祖父母の家の解体を知ったことがきっかけで、この写真を撮り始めた。長い間、海外に暮らしていた私は、これらの写真を撮ることを通して、母をはじめ家族とつながることができたと思う。個展では夢の中の世界を極彩色豊かな写真で再現したい。
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川西
昨年、東京に移り住んでから撮りためた写真。街の刹那的な人間関係や隙のなさ、個人主義など、いつもどこかに違和感があった。ただ写真を撮るときだけ、まわりが気にならなくなる。「向かう」というタイトルは、本音を出してぶつかり合っていきたいとの思いを込めた。
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下西
僕の作品はすべてセルフポートレートだが、テーマは「都市」。都市で物や情報が大量に生産、消費される現象に関心がある。自作の撮影機材やテレビという媒体を使い、世界の都市の姿を俯瞰している。僕の体を被写体に入れることで、都市にスケール感を出せると思った。
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題府
僕の家は7人家族。リビングは常に汚れている。床には兄弟たちが寝転んでいる。家事をする父とよく寝ている母。写真を撮る前は、この家族が嫌で孤立していた。こんな家族でも写真を撮ると親しみが湧く。これからも一緒になって楽しみながら撮り続けていきたい。
出品者全員のプレゼンテーションが終わって、ここからは大迫さんが進行役となり、各審査員に全体的な感想を述べてもらった。まずは今回、初めて審査員となった町口さんは「ポートフォリオよりも展示が良くなった人がいたし、同じパターンの人もいて、おもしろかった」と展示の印象について語ると、飯沢さんが「なかなかおもしろいプレゼンテーションだった。『ひとつぼ展』は毎回、女性が多い傾向だが、今回は女性が1人で男性が9人というのは珍しいね。それから、何人かは写真を無難に収め過ぎていて、自己満足してしまっているのではないか」と言及。楢橋さんは「プレゼンテーションと展示作品の間にズレがあった。今回は全体的にあっさりしてスマートなんだけど、もの足りなさも感じる」と写真表現の深みを指摘。ホンマさんは「全体の印象としては低調な感じ。とはいえ展示作品の中には良いものもあった。初めての審査だが、一般の見学者が多くてびっくりしている。写真に関心を持ってもらうことは良いこと」と立ち見を含めた会場の熱気ある雰囲気に驚きの様子。
「こんな展示で良いの?」「普通の展示でも良かったのでは」
全体評に続いて出品者一人一人に対する感想を審査員に答えてもらった。まず、櫻井さんの作品について。ホンマさんが「展示した9作品とも全部クオリティが高い。やりたいことがハッキリわかった。今まで見たことのない写真が新鮮だった」と評価すると、飯沢さんは「自分なりの物語を作ることで収まっていいのか。しかし、写真の持っている可能性は感じる」と評価しながらも疑問符。「ポートフォリオを見た時はいいと思ったが、プレゼンを聞いてよくわからなくなった」とは町口さん。楢橋さんも「展示作品は良かったが、あまり理解できなかった」と同意見。続いて、芦田さんの作品について。町口さんは「全然わからなかった。ビジュアルとしては、むしろ見慣れている作品」と手厳しい。楢橋さんは「時間と空間を考えた展示は、おもしろい。クオリティは高いが入り込めなかった」とチャレンジ精神は評価。「時空間と写真というテーマはおもしろい表現。ただ、パターンとして見られると伝わりづらいかも」とは大迫さん。原田さんの作品について。飯沢さんは「好きな作品。自分で楽しんで撮影して、エンターテインメント性が高いが、どうだろう」とおもしろがるも慎重。町口さんは「ポートフォリオは良かったのに、展示でそれを活かしきれなかった」と残念がる。「イベント写真に見えてしまった」とは楢橋さん。徳永さんの作品について。「ポートフォリオを見たときから、この中では一番。ドキュメントなのにセットアップっぽく見えるところがおもしろいと思う」とホンマさんはイチ押し。町口さんも「ポートフォリオの印象から良かった人。ギャラリースペースをいっぱいに使って展示するのを見てみたい」と高く評価。飯沢さんも「おもしろくて可能性を感じる。被写体であるお墓との距離感が絶妙で写真としてのリアリティーがある」と力強さを認める。長浜さんの作品について。「こういう発想でこういう作品を撮るのは、さすが英国のスクールに行っているだけあり、おもしろい」と飯沢さんが褒めると、町口さんは「レイアウトもうまい。本の編集もうまい。写真でなくてもおもしろいのでは」と違う才能を評価する。すかさず「写真なのか、現代美術なのか、どっちだろう?」とホンマさん。一坪サイズの黒いラックの中に、写真が見えないように展示した和田さんの作品について。大迫さんが「展示はびっくりした。こんな展示でいいの? という声もあった。ただ、写真としてはポストカードサイズでは彼の良さは伝わらないのでは」と言えば、飯沢さんも「作品はおもしろかった。展示は確信犯。プレゼンテーションもいちいち計算されていた」とベタ褒め。町口さんは「展示はどうするのかなあと思っていたら、こう来たかという感じ」と驚きを隠せない。滝沢さんの作品について。飯沢さんが「個展プランの極彩色の夢というのがわかりづらかった」と言えば、楢橋さんは「すごく不思議な写真だが、大きく伸ばして良くなった」と迫力褒める。「彼女がやろうとしたことは展示でやれていたと思う」とは大迫さん。川西さんの作品について。楢橋さんが「展示は成功していると思う」と評価すると、飯沢さんは「画の切り取り方がうまい」と同調し、町口さんも「写真を選べる人だと思う」と選択眼を評価。下西さんの作品について。「ものすごく労力をかけて、バカなことをやっているのがいいと思う」と楢橋さんがおもしろがると、大迫さんも「軽く笑って見たい写真」とほぼ同じ意見。一方、町口さんが「もっと軽く見えたほうがいいのでは」と疑問符を投げると、飯沢さんも「都市を撮りたいと言っているわりには、都市が見えてこなかった」とプレゼンテーションと作品表現のズレを指摘。最後に題府さんの作品について。楢橋さんが「この家族写真はおもしろいと思った」と一定の評価をすれば、「のぞいてはいけない感じのリアリティーがあって、おもしろかった」と大迫さんも好印象。「もう少し悪意があればおもしろかったのに」とホンマさんが言えば、町口さんは「ポートフォリオと展示の印象が変わらない写真だと思う」と展示の物足りなさを指摘する。
「写真も良いが、あの冒険的な展示は一年後にも期待できる」
ここで10人の出品者に対する感想を聞き終え、各審査員にそれぞれのベストスリー3人を選んでもらった。結果は以下の通り。
飯沢/徳永 長浜 和田
楢橋/徳永 下西 題府
ホンマ/櫻井 徳永 長浜
大迫/和田 下西 題府
これを集計すると、
徳永/4票 和田/3票 櫻井/2票 長浜/2票 下西/2票 題府/2票
ここで、4票の徳永さんと3票の和田さんが他を一歩リード。大迫さんが「この二人が抜け出した感があるが、他の人で推したい人はいますか」と各審査員に確認する。「僕はこの二人よりも長浜さんなんだけどなあ」と飯沢さんがボソッと言い、「僕は徳永さん」と町口さんが答えると、飯沢さんは「この二人なら和田さん」と反対意見。すると、大迫さんも「和田さんがイチ押し」と和田さん派に。ホンマさんは「自分が選んだ3人のうちの徳永さん」、楢橋さんが推していたのは徳永さんで、この時点では徳永さん派が3人。しかし、ホンマさんの「和田さんを選んだ人に、どこが良いのか聞きたい」との発言を受けて、飯沢さんが「何が出てくるかわからない未知のものが見たい。それに和田さんには気迫を感じる」と説明。続いて大迫さんが「和田さんはあの展示を計算し尽くしてやったと思う。1年後の展示にもすごく期待している」と推したところで、1年後の展示について和田さんと徳永さん本人に構想を発表してもらうことに。まず和田さんが「大きなプリントまたは小さなプリントを展示場全体に貼り、大きなストロボをスペースの真中に置きたい」と答えると、徳永さんが「ポートフォリオと同じように普通に写真を並べたい。変な仕掛けは考えていない」と答えは対象的。最終的には徳永さんをイチ押しにしたが、和田さんにも票を入れていた町口さんに和田さんを評価した点を聞くと「ポートフォリオの段階では、この中で一番、写真にキレがあった。数も撮っているし、ストロボを発光させて撮った写真が幻想的だった」と最初の印象を語る。この話を聞き、ポートフォリオをもう一度見直したホンマさんは、「見たことがない写真もいくつかあった」と、少し和田さんに傾いてきた様子。「では、意見も出揃ったし、この二人で決選投票にしましょう」と司会の大迫さんが促し、投票用紙が配られ、各審査員がグランプリ候補を1名記入する。さて、最終投票の開票結果は……大迫さんが「徳永さん2票、和田さん2票、長浜さん1票」と発表。ホンマさんが迷ったあげく一人に絞れず、長浜さんに票を入れてしまい、結果は無効に。ホンマさんが「これは残酷ですね」と言いながら、徳永さんか和田さんのどちらかに投票することになった。ホンマさんは、もう1回、両者のポートフォリオを見直しながら「うーん」と熟考する。満を持して大迫さんが「ホンマさん、お願いします」の声に、悩みに悩んだ末、「じゃあ、和田さん」とホンマさん。「はい、決まりました。第29回写真『ひとつぼ展』グランプリは、和田さんに決定」と大迫さんが高らかに宣言。まさかの逆転劇に超満員の会場からもため息がもれ、次の瞬間、拍手が起こる。憔悴しきった表情の和田さんが立ち上がって「選んでいただき、ありがとうございます。これからも頑張っていきたいと思います」と挨拶して、公開二次審査会が終了した。
「今回の展示は実験的でした。疲れました……」
審査会直後、逆転でグランプリに輝いた和田さんに聞いた。「最後の二人になって、審査を見ていて苦しかったです。なんだか、イジメられているような気になりました。今回の展示は実験的でした。成功した部分と失敗した部分とがあったので、1年後の課題にしたいです。疲れました……」と疲れた顔の中にも安堵の表情を浮かべた。そして、惜しくもグランプリに届かなかった徳永さんは「心臓が痛かったです。自分の作品はインパクトのある写真ではないので、1対1になったら負けると思っていました。もっと頑張らないといけませんね。初めて写真を発表しましたが、良かったです」とサバサバした表情で答えてくれた。2票入った櫻井さんは「ホンマさんに推してもらってありがたかったです。みなさんの指摘はその通りだと思います」と次の作品作りに意欲を見せる。2票入った長浜さんは「自分の批評を聞くのはためになりました。もう少し頑張ります」と力を込める。2票入った下西さんは「客観的な意見を言っていただき感謝しています。自己満足にならないように、もっとバカをやりきろうと思います」と前を見る。2票入った題府さんは「残念でした。票を入れてもらった審査員の方が言われたことは、すごく良くわかります」と悔しさの中にも笑顔がのぞく。芦田さんは「展示やプレゼンテーションは思った通りにできました。今の作品づくりのスタイルを続けて行きたいです。この場所を設けていただき感謝しています」と満足そう。原田さんは「展示とプレゼンテーションの難しさ、重要さがわかりました。今の自分の力は全部出し切ったと思います」と次のチャレンジを誓う。滝沢さんは「票が入らなかったのは残念ですが、思い残すことはありません。大迫さんの言葉がうれしかったです」と充実の表情。川西さんは「負けました。勉強になりました」と一言答えてくれた。審査会が終わってみれば、掟破りの展示をした和田さんの逆転勝利という結果だが、彼が持つ潜在的なパワーはむしろポートフォリオの膨大な作品群から強く発せられていた。
<文中一部敬称略 取材・文/田尻英二>